2023年2月、松本零士先生が永眠されました。心よりご冥福をお祈りいたします。
私にとって松本先生と言えば、世代的にやはり宇宙戦艦ヤマト(以下ヤマト)になります。ヤマトというと、どうしても西崎氏との絡みを避けられず、純粋に松本作品かと問われれば疑問符の付くところではありますが、今回はそのあたりは置いておいて、私のヤマトにまつわる話をさせていただければ思います。
ヤマトが始まったのは、私が中学一年生の秋でした。当時の子どもたちは、小学校の時は仮面ライダーやテレビまんが(昔アニメはそう呼ばれていました)に熱中するものの、中学生になると、クラブ活動が忙しくなることや、また友人から「幼稚」と馬鹿にされることもあり、次第にそれらを観なくなったものです。
私自身もまさにそんな感じで、あれほど熱中した仮面ライダーも、Xあたりからだんだん観なくなっていたわけですが、そんな時に始まったのがヤマトだったのです。
当時はまだテレビ番組に関する情報が少なかったため、私も最初の数回は見逃してしまったのですが、クラスの一部の男子の間で話題になっていたので、試しに観てみたところ、本当にものすごい衝撃を受けました。
作品の素晴らしさについては、もう散々語り尽くされているので、私も多くは書きませんが、「人類絶滅と言われる日まであと○○日」というテロップとアナウンスにドキドキハラハラし、何より「アニメは大人が観てもいいんだ!」と思わせてくれた功績は本当に大きいと思います。私が現在もアニメ、漫画関連の仕事をしているのも、明らかにヤマトの影響によるものだと断言できます。
その後、再放送のたびに画面をカメラで撮ったり、音声をラジカセで録音したりと、自身のヤマト熱はどんどん高まっていきました。ちなみにテレビ画面に向かってフラッシュをたくと真っ白になってしまうという当たり前のことを学んだのもこの時ですw
再放送を繰り返すたび、ヤマト人気はぐんぐん上昇し、高校二年の夏に、ついに続編である「さらば宇宙戦艦ヤマト」の公開が決定しました。で、私としてはどうしても封切り日に観たかったのですが、その日は野球部の練習がありまして(一応私は高校球児w)、やむなく「家の法事があるので・・・」と嘘をついて練習をサボることにしたのです。
ただ、大人気作品だから、普通に行ったのでは、満員で観れないかもしれない・・・そこで友人と前日夜から映画館の前で徹夜で並ぶことにしました。夜の8時頃に、今は無き渋谷パンテオンに行くと、皆考えることは同じのようで、すでに数十人が列を作っており、私たちもその後ろに並んだのでした。
すると、当時は「アニメ映画を観るために徹夜で並ぶ」などという現象は珍しかったため、新聞社が取材に来まして、私たちの姿もバッチリ写真に撮られてしまったのです。その頃はまだアニメの認知度が低かったので、「こんなものに大勢の若者が徹夜で並ぶなんて、日本の将来はどうなってしまうんだ?」的な論調でしたが。
そして夜が明け、本来の初回上映は朝9時からだったものを、あまりの大行列を考慮した映画館側の計らいにより、なんと朝4時から上映が行われたのです。なので、おそらく私は、関係者以外では最も早く「さらば宇宙戦艦ヤマト」を観た人間の一人だと思いますw
内容は期待にそぐわぬ素晴らしいもので、ラストシーンに涙しながら帰路に。そしてその翌日、現実世界に引き戻されて野球部の練習に行ったところ、「お前、法事じゃなかったのか!?」と、片手に映画館前に並ぶ私の写真が載った新聞を持った先輩が待ち受けていたのです。
「えっと、それは・・・」私の家は別の新聞を取っていたので、自分の写真が新聞に載ったこと自体知らず、言い訳を考える間もなく、思い切りグーで殴られましたw
あれからもう40年以上経つのですね。今度、久しぶりに野球部のOB会があるので、そのことをネタにしようと思っていますw