1983年7月7日

リングにかけろ1

竜児対剣崎のタイトルマッチが行われたのは1983年7月7日なので、ちょうど40年前のことになります。40年・・・そりゃ自分も歳を取るわけだ・・・。

このタイトルマッチは、作品の集大成とも言える重要な部分のため、内容的なものについてはまた後で書くことにして、これを機に今回は リングにかけろでは何年に何が行われたことになっているのかを、年表のようにまとめてみることにしました(分かりやすくするために表記はすべて西暦で統一しています)。

時期が作中ではっきりと記載されているのは、日本ジュニアの誕生日(1964~1966年)、世界大会(1979年)、そして先のタイトルマッチの3つ。ここからさまざまな出来事がいつ行われたかを推測していきたいと思います。

まず竜児と菊が山口から上京したのは、竜児が小学校5年の時なので1977年。ちなみにこの年のレコード大賞は沢田研二の「勝手にしやがれ」でした。

次に竜児が中学に入学し、都大会、チャンピオンカーニバル、日米決戦、影道戦、世界大会が行われたのが1979年。これでもかっ!とばかりにこの年に詰め込んでますねw都大会の開会式が「初夏」との描写があるので、おそらく世界大会は年末ごろでしょう。この年のレコード大賞はジュディ・オングの「魅せられて」。

で、世界大会で死亡したと思われた日本ジュニアは、アポロンがイーコールの力で3ヶ月間仮死状態にしていたとのことなので、十二神戦は1980年の春頃に行われたと考えるのが妥当だと思われます。実際の連載もこの頃でした。レコード大賞は八代亜紀の「雨の慕情」。ついでに最優秀新人賞は田原俊彦w

そして阿修羅編は、「竜児が来春は中学を卒業」との描写があるので1981年の秋くらい。実際の連載はこの年に終わっています。レコード大賞は寺尾聰の「ルビーの指輪」、最優秀新人賞は近藤真彦でした。

翌1982年7月4日、剣崎の17歳の誕生日がジーザス・クライストとのタイトルマッチ。誕生パーティーで加奈ちゃんを公開処刑して、さらに試合会場に向かう途中で石松とバトルというなかなかすごい展開だったわけですが、それはまた別の機会に書くことにして、レコード大賞は細川たかしの「北酒場」、最優秀新人賞はシブがき隊でした。

話はそれますが、この年は「花の82年組」と呼ばれアイドル大豊作でしたが、新人賞が石川秀美、早見優、堀ちえみ、松本伊代で、中森明菜と小泉今日子が受賞していないのは意外ですね。デビューした時期の問題なのでしょうか(その辺は詳しくないので)。

さて、そして最後に冒頭の竜児と剣崎のタイトルマッチです。これを1983年7月7日に設定したのは、7月4日生まれの剣崎が18歳になって結婚できる年齢に達することと、織り姫と彦星が出会う七夕の日だからだと推測していいるのですが・・・。

リングにかけろの最終回については賛否両論あるようですけれども、個人的には、ここまで大きな方向転換をした作品を、よくこれほど綺麗に終わらせたものだと、非常に高く評価しています。

これを書いているうちに、私自身、青春時代?の思い出が蘇ってきました。皆さんもこれを機にご自分の年表と照らし合わせてみてはいかがでしょうか?

タイトルとURLをコピーしました