世界大会

リングにかけろ1

連載当時、個人的にリングにかけろに一番燃えたのは世界大会から十二神編の序盤にかけてあたりなのですが、この世界大会、これまでドイツ戦、ギリシア戦など個々の試合について触れたことはあったものの、大会そのものについて言及したことは無かったので、今回はアラカルト的に紹介していきたいと思います。

まずは開催時期ですが、作中では「昭和54年」(1977)としか書かれていませんが、別項で日米決戦が行われたのが10月という描写があり、また間に影道編が挟まることを考えると、昭和54年の年末、12月頃に行われたとみてまず間違いないと思います。

ちなみに志那虎はこの時中学3年の終わりでしたが、この後3ヶ月間の仮死状態になるため、高校を受験できなかったはずなのですね。ただ阿修羅編では普通に学ランを着ていたので、事前に推薦入学が決まっていたのか、一年遅れで受験したのか、もしくは志那虎パパあたりが無理矢理どこかの高校に押し込んだのか・・・などなど、妄想は尽きませんw

作中で初めて「世界大会」という単語が登場したのは竜児対河井のチャンピオンカーニバル決勝戦の最中。IOCから日本アマチュアボクシング連盟に連絡があったわけですが、開催国自身が全く知らなかったにもかかわらず、いきなり「おたくの国で世界大会やるからよろしくね」というのがすごいですね。

さらに言うと、ブラック・シャフトは世界大会の偵察のためにこの時すでに来日していたのですが、他国の選手がボクシング連盟よりも先に開催を知っていたというのは、現代だと情報漏洩などの観点からちょっとヤバいような気がしますw

ともあれ、これ以降、物語は世界大会を中心に動いていきます。そもそも日米決戦は世界大会の前哨戦ですし、万博会場での影道との闘いも世界大会の出場権をかけてのもの。パンドラに至っては「ギリシア国家の威信を取り戻すためには世界大会で優勝するしかない」と言い切っていました。たかだか中学生のボクシング大会で優勝したくらいで国家の威信が取り戻せるものなのかは少々疑問ですが、十二神戦に70万人超の観客を集めるほどボクシングが人気の世界線ならそれもありなのかなと。

一般的に「ジュニアの大会」と言えば、18歳以下を指すことが多いですが、今回は「ジュニアハイスクールの世界大会」と、はっきり中学生の大会であることを謳っています。そのためブラック・シャフトの肩書きも連載当初は「全米ハイスクールチャンピオン」だったものが、改訂版等では「全米ジュニアチャンピオン」に改められていました。

また、十二神戦でペガサスが「イカルスに跳躍を教えたのは私だ」と言っていることから、十二神はアポロンたちギリシアジュニアより年上であると推測され、十二神が世界大会に出場しなかったのは、おそらく年齢制限によるものと思われます。そうでなければ先の「国家の威信をかけた闘い」にわざわざ「二軍同然」のアポロンたちを出場させるはずがありませんものね。

さて、大会のルールですが、「何ラウンド制なのか?」「1ラウンドは何分なのか?」等は一切明らかになっていません。はっきり分かっているのは「体重無差別」と「勝ち抜き戦ではない」ことだけ。ただそれも石松の一言で簡単にひっくり返ってしまうので、結構アバウトなルールのようですw

参加国は114カ国。1979年の国連加盟国数が152国なので、全世界の約4分の3が参加していることになります。ボクシングをやっている国がそんなにあるのか?という突っ込みはさておき、まだソ連があったり、ドイツが東西に分かれていたり、チェコスロバキアが一つの国だったりと、リングにかけろがものすごく昔の作品であることを痛感させてくれますね。

日本チームの相手は1回戦メキシコ、3回戦イタリア、4回戦オランダ、準々決勝フランス、準決勝ドイツ、決勝戦ギリシアとなりますが、なぜか2回戦だけ相手がどこの国か分かりません。どこを探しても国名が書いてありませんし、胸の国旗マークも全て上手い具合に隠れてしまっているのですよね。黒髪の選手が多いので、アジア系の国かなとは思いますが。

と、ここまで色々書いてきましたが、調べてみたところ、なんと1977年12月に、現実のボクシングの「第1回世界ジュニアボクシング選手権大会」が横浜で開催されていたのでした。年齢17~18歳、体重階級別の個人戦、参加28カ国と、リングにかけろの世界大会とは大きな違いがあるものの、ほぼ同時期に現実の大会が行われていたのは驚きですね。ちなみに車田先生がこれを知っていたのかどうかは定かではありませんw                                                                                        

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