テリブル東京

リングにかけろ1

初期のリングにかけろにおいて、最もみなさんの印象に残っているお話しの一つに「テリブル東京」が挙げられると思います。ただし、この部分は改訂版ではザックリと削除されてしまっているため、記憶が曖昧な方も多いのではないでしょうか。そこで今回は、記憶を呼び覚ます意味も含めて、色々と振り返ってみることにします。

テリブル東京が掲載されたのは連載の第二回目、週刊少年ジャンプ1977年第3号なので、1976年の年末ということになります。富蔵の仕打ちに耐えられなくなった菊ちゃんと竜児が、家出しておそらく新山口駅と思われる駅から新幹線に乗り込むわけですが、1966年生まれの竜児が小学校5年生の時なので、作中の時間もほぼこれに近いと考えて間違いないでしょう。

この時菊ちゃんは「新幹線に乗るのは初めて」とはしゃいでいますが、山陽新幹線の新大阪博多間が全線開通になったのは1975年3月のことなので、特に田舎者というわけではなく、山口県あたりに住んでいたのならごく普通の反応だと思います。

さて、新幹線の車中で、二人は三条加奈子ちゃんおよび婆やと知り合います。屈託の無い笑顔で登場した加奈ちゃんですが、実は彼女が笑顔を見せていたのはこの頃だけで、聖華学院の小等部時代も後半になるとほとんど笑顔は見られなくなり、言わんや婚約破棄の公開処刑に至っては、本当に薄幸の美少女だなあと同情してしまうのでした。

話しを車内に戻すと、指定席を追い出された菊ちゃんがとんでもない歌を歌いながら踊っておりました。おそらく当時流行した「坊さんの数え歌」のパロディではないかと推測されますが、それにしても今になって読み返すと、よくこれが少年誌でOKだったなあと思ってしまいますね。

そして大都会・東京についての説明シーン。「毒々しいネオンと排気ガス、すさまじい騒音」などなど・・・当時、私は隣の神奈川県に住んでいたのでそこまでは感じませんでしたが、まだ情報がそれほど多くなかった時代、おそらく地方在住の方にとっては、東京はものすごくひどい街だと想像してしまったのではないでしょうか。

さらに、テリブル東京と聞くと、真っ先の思い浮かぶのがこのページだと思います。さすがに乳首丸出しでマシンガンを持った女性にはこれまで出会ったことはありませんがw多感な少年たちにとってこれはインパクトが強すぎました。あと、私もそうですが、左下のコマの「OH!テリブル東京」の絵が脳裏に焼き付いて離れない人はたくさんいると思います。

加えて、芸能関係者を装った人さらいが「郷ひろみや西城秀樹をスカウトした」と言っているのが、何とも時代を感じさせますね。

結局、菊ちゃんと竜児は全財産が入ったバッグを盗まれて一文無しになってしまい、三条家の世話になるわけですが、このあたりの物語は、ギャラクティカマグナムなどが炸裂する中盤以降とはまた一味違った魅力があるので、これらを全て網羅した「完全版」をぜひ出版してほしいと願う今日この頃だったりします。

タイトルとURLをコピーしました